まずは一問一答。一番下にクイズがあるよ!
問1. 吉野ケ里遺跡の場所は?
- 佐賀県
- 青森県
- 群馬県
- 大阪府
答え: 佐賀県
解説: 吉野ケ里遺跡は佐賀県、青森は三内丸山遺跡、群馬は岩宿遺跡、大阪は仁徳天皇陵古墳
問2. 弥生時代の社会の様子は?
- 金属器が祭りの道具に使われた
- 狩りや漁、採集で食生活
- 大和政権の勢力拡大
- 大陸から日本列島に人々が渡ってきた
答え: 金属器が祭りの道具に使われた
解説: 銅鐸(どうたく)、銅剣・銅矛(どうけん・どうほこ)、銅鏡(どうきょう)が有名
問3. 群馬県で発見された、日本に旧石器時代があったことを示すきっかけとなった遺跡は?
- 岩宿(いわじゅく)遺跡
- 三内丸山(さんないまるやま)遺跡
- 吉野ケ里(よしのがり)遺跡
- 登呂(とろ)遺跡
答え: 岩宿(いわじゅく)遺跡
解説: 群馬県の岩宿遺跡からは、1946年に相沢忠洋が打製石器を発見した。
問4. 縄文時代、食料を煮たり蓄えたりするのに使われた土器の特徴は?
- 薄手で赤褐色
- 縄目の文様がある
- 装飾がなく素朴
- 高温で焼かれている
答え: 縄目の文様がある
解説: 縄文土器は、縄目の文様が特徴で、厚手で黒褐色である。
問5. 弥生時代に稲作が広まったことで、人々の暮らしに起きた変化は?
- 狩りや漁、採集が中心になる
- 貧富の差がなく平等な社会になる
- 集落どうしの土地や水をめぐる争いが増える
- 移動しながら生活するようになる
答え: 集落どうしの土地や水をめぐる争いが増える
解説: 稲作が広まると、収穫量の差から貧富の差が生まれ、集落どうしで争いが起こるようになった。
問6. 青森県にある、大規模な集落跡や建物の柱穴が発見された縄文時代の遺跡は?
- 吉野ケ里遺跡
- 三内丸山遺跡
- 岩宿遺跡
- 登呂遺跡
答え: 三内丸山遺跡
解説: 三内丸山遺跡からは、大規模な集落跡やクリの栽培、巨大な掘立柱建物跡が見つかった。
問7. 弥生時代に祭りの道具として使われ、地域によって形が異なる特徴を持つ金属器は?
- 鉄器
- 金印
- 青銅器
- 勾玉
答え: 青銅器
解説: 青銅器の中でも、銅鐸(近畿)、銅矛(北部九州)、銅剣(出雲)などが祭祀に使われた。
問8. 3世紀に邪馬台国を治めていたとされる、呪術的な力を持っていたとされる女王は誰か?
- 台与
- 倭姫命
- 額田王
- 卑弥呼
答え: 卑弥呼
解説: 卑弥呼は、中国の歴史書『魏志』倭人伝に記されている邪馬台国の女王である。
問9. 邪馬台国の女王卑弥呼は、中国の魏に使いを送り、何という称号を授かったか?
- 漢委奴国王
- 親魏倭王
- 親魏和王
- 倭王武
答え: 親魏倭王
解説: 卑弥呼は、魏の皇帝から親魏倭王の称号と、多くの銅鏡を授けられた。
問10. 卑弥呼や邪馬台国について記されている、3世紀の中国の歴史書は?
- 『後漢書』
- 『魏志』倭人伝
- 『宋書』倭国伝
- 『隋書』倭国伝
答え: 『魏志』倭人伝
解説: 『三国志』の中にある『魏志』の「東夷伝」に、邪馬台国の様子が詳しく記されている。
問11. 卑弥呼が魏から授かったとされる、権威を象徴する品物は何か?
- 鉄剣
- 銅鐸
- 金印
- 銅鏡
答え: 金印
解説: 卑弥呼は魏から『親魏倭王』の称号と金印紫綬を授かった

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